なにごとも亜流

日々のぐるもや思考とか平凡・珍事などの記録

街の新陳代謝

今私はこの文章を、大学時代を過ごした街のスターバックスで書いている。

 

卒業以来この街には、その地理柄、数えるほどしか来ていない。

今回も本当に久しぶりに来たため電車降りた時点でエモいし、

来た理由も学生時代の思い出深いパンケーキ屋さんの閉店を聞きつけたからということで既にエモいし、

ちょうど桜の散り際の頃なのもエモくて

もうエモがLサイズに膨れ上がっている。

エルモである。

 

再訪して感じたのは

(ごく当たり前のことで、斬新さとか独特の切り口!とかないのだけれど)

この街はあの頃と変わらず迎え入れてくれるなぁと、

とはいえ細かなところまで目をやると結構変わっているなぁということである。(…や、細かなところだけじゃないかも、結構大胆にぶち変わっているところもあるね…)

さすがに卒業してそれなりの年月が経っているので当然なのだが。

 

 

在り続ける老舗、回転するカフェ

私の大学はOBOGとのつながりが濃い。

学部が偏っているので卒業生の進路も大体収斂することもあるが

そもそも小さな大学で母数が少ないのもあり、さらに牧歌的な校風を引きずってか、同窓生を見つけるとお互いそれなりにテンションが上がる。

そんな場面では同窓トークに花を咲かせるのだが、

先輩にとっての飲みの定番だったお店が僕ら世代ではもうなくなっていたり、

私たち世代にとってのそれが後輩世代でなくなっていたりということが結構ある。

従ってこういった場面ではどの世代も知っている悠久の老舗が話題になる気がする。大学のOBOGのFacebookページに上がるのもこういった悠久の老舗関連が多い。

 

今回巡ってみても、やはりそういった悠久の老舗は例に漏れず街にデンと構えていて、あの頃と同じ空気で迎え入れてくれる感がある。

私自身青二才なりにそれなりの年輪を重ねている中で、「世代を超える」の重みがそれなりに分かってきた気がする。初めてその重みが頭ではなく腹のレベルで分かった気がする。

あと、類義で行けば毎年変わらず美しいこの街の象徴たる桜もこの立ち位置なのかなと。

 

 

一方で、ちょうど私たちが在学中にのみ存在していたお店に係る同年代とのトークもそれはそれで希少感にニコニコしてしまう。

このお店の話ってこの世代しか伝わないなー的な。

今回閉店してしまうそのお店も私が在学中にできたもので、スパンとしてはそれなりに長いが、ここが閉店するとなった時、この街の非チェーンMyカフェリストのストックがなくなってしまった。カフェ系はやはり回転が速い。

 

ごく一部の期間だけ存在していたお店を共通項として見出した時、それはなんというか、

あの街の「あの時」を共有していたことを、いやそれは同級生なり近い先輩後輩なりなので当たり前なんだけど、当たり前すぎて潜在意識に沈んでいるその事実を、ぐいと改めて感じさせてくれる事象である。

中学卒業の時の「これだけたくさん人間がいる中で、この中学で同級生として過ごし同じ思い出を共有してきたって、これ奇跡じゃん」という旧友のとても素敵な言葉が、自身の古い書庫の中から引き出される。

 

 

一人だけど独りじゃない

街を歩いたりカフェの大通り沿いのテラス席でぼーっとしたりしていると

「誰かに会いそう」というソワソワ感が頭の片隅、心の底…いやもっと端ですねうーん腎臓の横あたりかな?に見え隠れする。

しかし冷静になってみると、あの頃のみんなはもう誰一人この街にはいないということに思いが至りなんだか寂しくなった。(地理的に、社会人になってなおこの街に住まい続けるのはかなり稀有な例。街を選び取っているか、配属における運命のいたずらか。)

塾講バイトをしていたので、あの頃の生徒と鉢合うかも…なんて一瞬思ったものの、そんなことはほぼあり得ない生徒たちも年齢的には立派に大学を一巡し社会に出ているのである。当塾の社員さんも間違いなくローテーションで今は別のところにいるだろう。

あぁでも大学の教授はいるよな!とか苦し紛れに思ったものの、大学時代後期に大変お世話になったゼミの教授は別の大学につい最近移られたのを思い出した。(幸い、変わらず大学にいらっしゃる、大学時代前期に大変お世話になった別の教授がいたので、完敗は免れた、という格好である。)

 

とても馴染み深い街なのに、今この街には知っている人は(ほぼ)誰一人いないのだな、というのは不思議な感覚だ。

歩いていると、やれあそこであいつがどうしただの、あの子とこの子とこういうことあっただの、そういうものが次々フラッシュバックするため、不思議と孤独を感じない。昔居たところへの再訪あるあるなのだろう。

 

 

変わらないもの、変わって然るもの

これは、平成が終わることにかこつけて同級生と母校の高校を訪れた時にも感じたのだが、

あなたは確かにここにいたのだよ、ここはあなたの港なのよ、という声と

ここはもうあなたのいるところではないのよ、という声が

同時に聞こえる。

 

大きくは再訪を祝してくれている感を得る一方で、

細かな点になってくると、あの頃のアタシとはもう違うのよ?ということをグサグサ見せつけられる感じ。

あと、コロナ禍なのでキャンパスは関係者以外立入禁止になっており、

OBながら入校が叶わなかった悲しい顛末も、後者の声をより強くした一因かなと思う。校舎だけに。

……。

 

こんな相反する気持ちが溢れる場所というのは人生においてもなかなか限られるのではないだろうか。生きるという「流れ」の中で、こういう場所、そしてその場所を「共にした人」、というのは変わらず大事にしていきたいと思う。

 

 

・・・・・・

この春から私自身、心機一転、新たな環境に踏み出した。

そういう踏み出しのタイミングで、ある意味自分を形成したと言って差し障りないこの街に立ち戻ったのは(パンケーキ食べたい↑↑から始まったものだけど)良い試みになったと思う。

無知で、荒削りで、でも未来への希望と勢いのみ溢れていたあの頃の私、そしてその私を全て知っているこの街。至る所にかつての私の(そして前述の通り同じ時を共有した「私たち皆々」の)影を感じるこの街。

確かに時が流れ、あの頃に比べれば確実に歩みを進めていることを気づかせてくれたし、一方で、初心忘れずということ、変わらない土台と芯のようなものの大切さにも思い至らせてくれた。

 

今後も変わらず、順調なことも、立ち止まることも、どちらが前か分からなくなることもあるだろうけれど、

こうやってたまにエモに浸りながら、それでもエモに吸い込まれて自壊しないように、面白く流れていきたい。

 

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